完全紹介制 中小企業の社長様・経営者向け 次世代経営者コミュニティ

人とのつながりは最大の宝!

Q.御社の事業内容について教えていただけますか。

私が経営する「藤田事務所」は行政書士という仕事を行っています。大学三年生の時に行政書士の資格を取りましたが、2002年に登録しました。事務所登録したのは、その当時に運送業関係のクライアントより行政への申請のお手伝いをしてほしいとお話があったのがきっかけです。

「行政書士」という仕事は、仕事の幅が非常に広く、色々な分野に関わることができます。業務の中身を実際にみていくことになりますので、仕事をしながら、さまざまな企業の業務内容を理解することができます。

業務の中身が分かるからこそ、自分自身が実際に経験せずとも知識が積み重なっていき、その知識のひとつひとつが、有機的に関連し繋がっていくことで、プラスの面・マイナスの面が見え、業者さまに対してコンサル的なアドバイスができるようになりました。

Q.コンサル的なアドバイスとは具体的には?

企業の様々な申請書類を通して、例えば人事の面で人材・人事管理が手薄になっていたりすることがわかると、今後社員との間でトラブルが発生するリスクがあるかもしれないという予見ができ、クライアントに事前に問題点の指摘ができるようなったりもします。行政書士として生き物である企業というものをいろいろな角度から俯瞰して見ることで、問題が発生する前に現時点の生の姿をクライアントお伝えすることが可能になります。

そういった意味で行政書士の仕事は、ただ紙の上での代書業務・申請書類業務というだけではありません。書類作成はあくまでもきっかけに過ぎず、書類を通して外部からだこそわかるその会社と状況や外部との繋がり具合、社員の動向があり、その知見をもとにクライアントへのアドバイスすることができます。

コンサル的なアドバイスとしては、行政書士の立場から必要に応じてクライアントのために信頼できる弁護士や税理士を紹介したりなど、クライアントと外部組織を繋ぐハブ的な役割を行うこともあります。

Q.学生の頃から行政書士を目指していたのですか?

私の出身大学は法律家を目指す方が多かったので、当時は法曹の世界に進むことを考えていましたが、母の死をきっかけに大きな方向転換をすることになりました。しかし、当時はバブルの真っ只中で私ひとりだけ、いろいろなものを手探りで模索しながら暗闇のトンネルを進んでいるような感じでした。そして気づくと元々の進路とはまったく違う塾業界にいました。ただ、祖父母が戦前に教師をしていたので、私にも教育分野のDNAがあったのでしょうか。

「モノを教える」といいますが、本当のとこと知識は教えられないのです。教育とは目先のテストの点数を上げるよりも、その子が今後どういうふうに伸びるのか、やる気をどうやって引き出すかということのほうがとても重要です。そんな理想を持ちつつも、塾の講師をやっていた当時、「この先ずっとこの仕事を続けられるのか」という不安にかられました。

そんな思いが強くなってきたとき、一転して不動産業界に入ることを決めました。不動産業に必要な宅建(宅地建物取引士)の資格は学生の頃に取っていました。

Q.不動産業界ではどんな業務をされていたのですか?

私は中途入社で32歳の時に不動産業界に入ったものですから、新卒入社の人よりも10年遅れてのスタートです。その10年をどのようにしたら1年で取り戻せるかということを考えました。そこで自分に試練を課す意味もあって、今までやったことのない、自分には一番向いていないと思っていた営業をやろうと決心しました。もし「スーパー営業マン」の5歳児がいたとしたら、その5歳児に頭を下げてでも教えを乞う覚悟で営業をスタートしました。「一旦入った世界で必ずそれなりの結果を出す!」、「自分の納得いく歩みをしていく!」という強い思いがありました。行政書士としてキャリアを積んだ今でも、必要なスキルや知識、自分に欠けているものに気がついたら優れた人に教えを乞う、学んでいく、関係を築いていくといった姿勢を持っています。

転職当時に勤めていた不動産会社では、一般的な不動産仲介ではなく、不動産の買い取り業務を担当させてもらいました。不動産オーナーからの売却相談や資産の移し替えの相談といった業務がメインで、どちらかというと不動産を中心としたコンサル的な立ち位置での仕事といった感じでした。

Q.事業経営ではどのような理念をお持ちですか?

元々法律家を志望していましたが、その根底にある「人のために何かしたい」という思いでした。正直なところ、現在やっていること、できていることと自分本来の理念とのギャップはあります。このギャップをどうやって埋めていくかがこれからの課題です。

大学卒業後に教育分野に携わっていたことで子ども達と接し感じたことがたくさんありました。また、不動産業界でも多くの知見を得ることができました。それらのキャリアを生かして「人のために何かできること」はないか。

例えば、「建物」という不動産を用意して「教育」と結びつける、そして中のコンテンツとしての「人」を呼び込む。100歳からでも学ぶことはあるので、中に入るのは子供だけではなく幅広い範囲の「人」になります。「建物」という箱、そしてそこで教育を受けると「人」をうまくマネージメントして融合させていきたいというのが、私のイメージする理念のラフデザインです。

Q.不動産のキャリアも生きてくるということですね

「モノ」として不動産は一番高額な商品です。不動産営業の世界に入った時に先輩から言われたのは「不動産営業ができればどんな営業でもできる」ということでした。確かにそうだなと思いました。不動産は高額なものだけに実利ももちろん大切ですが、それ以上にそのものが持つ夢やロマン、将来性について熟知した上でそれらをお客様に「語る」ことができる能力が必要とされます。「一番高額なもの」を売るというトレーニングを積んでいれば、「売ろうと志したものは何でも売れる」という自信を不動産のセールスを通して教えてもらいました。私にとって不動産営業という経験は素晴らしいキャリアの一つとなっています。

Q.関心をお持ちの教育について思い描いていることは?

私には教育界でとても尊敬している方がいます。次元の違う生き方をされている方で、アフリカで現地の子供達に(大人にも)教育活動を行っています。その教育は知識だけではなく、技能教育、スキルの部分も及んでいます。

アフリカは政情が不安定なでところが多く、危険地帯が数多く存在します。たとえば、スマホに不可欠な部材であるレアメタルの利権争いのためにアフリカの奥地の子供たちがたくさん犠牲になっています。利権争いの結果、多くの地雷が埋められた地域で、レアメタルを搬出するために子供が先頭で歩かされたりしています。また、ある日突然、子供たちがゲリラの人達に誘拐され、数週間から数ヶ月ゲリラから洗脳教育をされます。洗脳された子供たちは一旦自分の村に帰されるのですが、何のために帰るかというと自分の親を殺すという「卒業試験」をこなすためです。「卒業試験」の目的は、殺人や人を傷つけることに対する感覚を麻痺させることと自分の帰る場所をなくすこと。「卒業試験」に合格した少年を組織して前線で戦う兵士を育成します。これがアフリカの少年兵という痛ましい問題です。

私の尊敬する方はこういう問題に果敢に取り組んでいらっしゃいます。深く触発されることばかりですが、「自分も理念を実行に移さねば!」という思いを抱きつつ交流をさせていただいています。

Q.生き方、考え方が変わる経験をされたとのことですが?

42歳の本厄の時、自転車に乗っていて交通事故に遭いました。かなりの重傷を負い2週間意識がなく、ICUで目が覚めると体重が41kgになっていました。その当時、人生を舐めていたというか、自分は病気にならない、怪我をすることもないと思っており、事故の半年前に入院保険を解約していました。死んだら死んだでしょうがないし、生きていることにあまり感謝の意識を感じたこともありませんでした。しかし、九死に一生を得るという体験をしたことで、今までのそういう意識、生き方が間違っていたということに気づかせていただきました。

病室で意識は戻ったといっても、わき腹に3本、4本の管が刺されていて、ベッド横のトイレに降りることすらできないありさまでした。当然歩くことはできず、のどの筋肉も食べ物を飲み込む力すらなく、身体は骨と皮だけの状態でした。そんな体験をしただけに、医療とか健康には人一倍関心があります。先にもお話ししましたが、今後は医療や健康に関した仕事も手がけたいというのは、死の淵から生還し、健康を取り戻した喜びを私自身が身をもって感じたからでもあります。また、この事故を契機に自分のことしか考えていなかった人間が、周囲の人や社会、世の中について深く考えるようになりました。自分がまわりの人に対して何ができるかと考えるようにもなりました。事故はもう15年も前のことになりますが、あのとき幸運にも拾った命、このおまけの命にもきっといい使い方がある、天命があると信じています。

Q.人生100年時代の人生の過ごし方について?

現在は「長生きがリスク」だともいわれている時代です。定年を迎えて年金でまったり生活するという発想は通用しなくなってくるでしょう。これからは、定年後の生活設計を事前に確立し「健康で長生き」をした上で、人生で大切なことは「生きた証として世の中にどれだけ還元できるのか」という意識を持った人が増えるという時代に変わってくると思います。自分としては、そうした生き方のお手伝いができるようなことができればと考えています。

その目的を達成するために、健康分野の仕事も立ち上げるつもりでいます。自分のフィールドでこれまで築いてきたものや経験を生かしてできることがたくさんありますが、足りない物があればこれからも挑戦し続け、必要な物はどんどん獲得していくつもりでいます。

私は「人間は未来を作ることができる」「人間は多様な可能性を持っている」そう信じている人たちと出会いたいと思っています。不動産営業で培った知識や経験を生かして、そんな人々と繋がることができればと思っています。ビジネスでのお付き合いはきっかけにしか過ぎませんが、そのご縁を大切に育てていきたいと心がけています。

Q.パートナーズ経営者倶楽部について

これまでの不動産の仕事、藤田事務所での行政書士の仕事をベースに皆様のよき伴奏者として奉仕しつつ、今後は医療系や福祉系の人生学校を創造していきたいと思っています。「人間、死ぬまでは生きている」わけで、私のように一度死にかけた人間だからこそ、持てる夢があります。生きているうちに「自分にできること」を考え実現していきたいと思っています。

メインである行政書士の仕事については、もともと幅広い分野にわたる仕事ではありますが、今後はさらに新しい業務分野をいくつか追加することも考えています。クライアントには気軽になんでも聞いていただけるような雰囲気作りを心がけていきます。書類仕事というのは「文字」による机上の世界ですが、文字で示された裏にある大切な部分を今後もきちんと見ていきたいと思っています。

パートナーズ経営者倶楽部には、そこに集う失敗を含め何かを成してきた経営者の方々の生きざまに触れたり、今の自分に何ができるかを常に考えているアグレッシブな方々の意見を聞いたりできる出会いを楽しみにしています。事故に遭った15年前より以前の独りよがりの私には考えられないことですが、今では新しい方と出会うことはとても楽しく、ワクワクする出来事になっています。出会い自体にもときめきますが、出会った方と刺激し合うことができ、相互にパワーアップできるような関係になればとても幸運です。

藤田 隆夫(ふじた たかお) プロフィール

1963年岐阜県生まれ
1986年中央大学法学部法律学科卒業
在学中に行政書士と宅建の資格を取得
卒業後10年間、中学受験、高校受験の塾講師・塾経営を行う。
平成9年より、競売中心の不動産業界へ。分譲会社、オフイス賃貸、注文住宅、リノベーションの会社にてキャリアアップ。
平成14年より行政書士事務所開業 平成15年に公認不動産コンサルティングマスター試験合格。以降不動産に付随した周辺の取引、交渉、相談業務を重ねる。提携企業と協力し、事業枠10億円までの直接買取のほか、相続や分割協議に基づく各種不動産の処分や、有効活用、事業承継の準備、資産の組み換え(処分、移し替え、キャッシュ確保)など多方面にわたる。行政書士固有の業務分野では、資本金20億円の国際物流会社、TV局専門ロケバス会社、医療専門の貸金業などを顧客に持つ。

記事一覧へ